前回の記事と少々関連しますが
松本人志氏は、ピエール氏の過去の演技に対して薬物の使用をドーピングだと言っています。
イメージ的にはわからなくはありません。
しかし、酒もドーピングだろうと言われた際の反応が、酒が合法だからと言うのは少々ずれているかと思います。
ドーピングを考えた場合、別に違法合法は関係ありません。
合法な、風邪薬でも引っかかるわけです。
酒もドーピングです。
緊張するから一杯引っ掛けて何かをする人というのはたまに聞く話です。
普段の、素のままの自分では思うような成果が上がらないだろうと考えたり、勇気が出なかったりと言うのが理由です。
目的から考えても、ドーピングですよね。
アルコールの持つ薬物としてのポテンシャルと言うか、影響は、そこらの違法ドラッグに全く引けを取らない薬物です。
それどころか、本当に上から数えたほうが早いというレベルです。
長い人類の飲用歴から容認されているに過ぎません。
世の中から飲用目的のアルコールが突如消えたら、まあ、世界中のあちこちで暴動が起きるそのくらい優秀?なドラッグです。
薬物としてのポテンシャルを考えた場合には、アルコールは明らかにドーピング行為に該当すると考えられます。
しかし、アルコールは違法ではない。
すなわち、TPOさえ選べば、状況さえ許せば、合法なドーピングであるということです。
違法な薬物を使用することそのものは社会的には否定すべき行為ですから、そこに論点はありません。
ここで考えるべきは、薬物を使用した時の演技や演奏を、後で振り返って評価を変えるのは理にかなってるのか?
ということです。
非常に心を打つ演技が、違法薬物を摂取していたら、心を打たない演技に変わるのでしょうか?
何も変わらないのです。
素晴らしい演技だと心から思ったのであれば、その評価はそのままで良いのです。
まあ、ガッカリだと思う分には仕方がありません。
バイアスがかかって、心を打たない演技に見えるかも知れません。
ただね、自らが映画監督だと自称する方々、松本氏や北野氏が、過去の演技に否定的な意見を述べるのはガッカリです。
映画監督と名乗るわけですから、芸術・演芸分野のプロだと言っているわけです。
プロなわけですから、今まで評価していたものに対する、手のひらを返すような言動はありえない。
後で知った、表現そのものとは直接関係しない事実を元に判断を翻すようなプロに仕事は頼めません。
「(逆でもいいけど)これは良い!断然オススメだ!」と言っておきながら、後日判明した表現者の事情を元に、表現に対する評価を変えるのです。
「表現者が違法薬物を使っていたので、世間体が悪く使いにくくなりました」ではないのです。
松本氏も北野氏も、歯に衣を着せない論調が人気の方々なのですが、なんとも歯切れの悪い、切れ味の悪いコメントですね。